第16章 その手は食わない

「時間ね」

 橘凛は車のトランクからスクーターを降ろすと、振り返りもせずに手をひらひらと振った。その背中は、すぐに並木道の彼方へと消えていく。

 西園寺翔は彼女が去った方向を見つめ、思わず口元を緩めた。

 今日の橘凛は、記憶にあるどの瞬間よりも鮮烈だった。面接で見せた自信に満ちた輝きも、橘沙羅をねじ伏せた時の鋭い気迫も。

 この少女こそが、自分が生涯求めていた存在だと確信させるに十分だった。

      ***

 橘家の別邸、そのリビングルームでは、豪奢なシャンデリアが空間を明るく照らし出していた。

 橘美奈子は氷嚢を娘の頬に慎重に当てがいながら、怒りと心痛で目を赤くしていた。...

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